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藤圭子趣味

"本質的にハグレてる" ものを嗜好するゲテモノ喰ひだと己を規定する

渋谷公会堂の藤圭子

渋谷公会堂のライブ盤(『歌いつがれて25年 藤圭子演歌を歌う』)は突出して優れていて、出来があまりにもいいもんだから、これが本来の藤圭子の姿なのか、あるいはこの日この場所だけで異常な事象が発生したのか、もはやわからなくなっています。 その「違…

京都のおんな

京都といえば、藤圭子にはそのものずばりの「京都ブルース」があるけど、これだけ京都の町にそぐわない曲もないよね。古都の情緒もなければ、京都らしい都会的な洗練もない、ただの愚作でしょ。こういう、ある意味その後の浅薄な "演歌" の先鞭になったよう…

さいはての女

2013年現在、自分にとっての藤圭子のベストアルバムはスタジオ録音では『さいはての女』であり、ライブなら『歌いつがれて25年 藤圭子 演歌を歌う』です。*1「25年」のほうは、歌ってもんに対する認識が根本から変わっちゃう大傑作なのでちょっと別格ですが…

この歌唱について思うところを述べよ。

■■「銀座カンカン娘」音源消失■■考えときます。 <意見 1>『三番のアタマ「指をさされて カンカン娘」では「さされて」の「て」が3連符の2つ目の音符に来ています。シャッフルビートの曲なので普通は3つ目の音符に持ってきそうなものですが2つ目に置く…

あなどれない女

歌謡浪曲については前にも取り上げましたが、こういうパフォーマンスをステージできっちり演じきれる歌手はそうそういるもんじゃありません。リサイタルの余興なんかじゃなく、ガチで本気モードです。■■「白糸の滝」音源消失■■私は藤圭子をネタにして遊んで…

『新宿の女』 ~箱入り娘も巣立ちます~

どこか一箇所を突っつけば満天の星が一気に頭の上に落ちてきそうな夜空の下、地平線を彼方に見て白いギターを抱え、手にはロザリオをかけて、若い娘が一人でその乳青色の微光を浴びて佇んでいます。冬といっても、霧氷が木の枝にからみつくような、どこか湿…

物理的に交わる

果たして藤圭子が自分の歌をレコードで聴くなんてことがあったのかどうかはわからんが、どっちにしても、圭子嬢がレコードジャケットを手に取って中身をするっと出して、両手で丁寧に捧げ持ってターンテーブルに乗せるなんていうしおらしい所作ができたのか…

けがれを知らぬ心

さすらい 藤 圭子 - YouTube (独特の粘度を持ってメロディーにからみつく、このフレージングの妙を感じ取ってほしいものです。圭子の歌い方の特性と曲の出来栄えが、最高の形でまじり合った最後の歌だと言っていいでしょう) 「おれはね、あんたに出会えて…

『圭子のにっぽんひとりあるき』 B面

『知らない町で』のほうはある程度「藤圭子」を意識した曲作りがなされているようですが、『圭子のにっぽんひとりあるき』は、日本各地を題材にして石坂まさをが藤圭子そっちのけで自分の世界観を好きなように展開した作品と言えるかもしれません。いわば藤…

『知らない町で』 B面

昭和44年から47年にかけて、歌謡曲は爛熟の頂点にありました。爛熟の背景には、人間のダークな部分、ダメな部分、汚い部分をも含めて表現に昇華させようというエネルギーがあります。清濁併せ呑む大人の度量が、作り手にも聴衆にもあったのです。私の印象で…

『知らない町で』 A面

「固めてわかる藤圭子」なのに、オリジナルアルバムがほとんど復刻されていないのが切ない状況ではありました。しかし、ある古くからのファンが地道に投稿を続けてくれたおかげで、『知らない町で』と『圭子のにっぽんひとりあるき』という2枚のアルバムの…

昭和46年

歌謡曲が成熟の頂点にあった昭和46年には、「山里の子守唄」なんていうとぼけた牧歌的なタイトルのもとでどれだけ濃密な音楽が展開されていたか。地熱みたいにブクブクと這い回るベースに甘さを排除した斬り込むようなストリングス、ラストのドラムの収め方…

藤圭子と四月の花まつり

私は「藤圭子いのち」なので基本的に藤圭子が歌ってさえいれば何でもヨシなんですが、一方で歌謡曲マニアでもあるので、その視点から見るとまたランキングが変わってきます。でもどっちの立場から見ても、前回とりあげた「四月の花まつり」は外せません。 ■■…

筒美京平と藤圭子

私は筒美京平なんか大キライです。「筒美京平」などという文字をここに書く自分がイヤです。そういう問答無用なものをとりあげたって面白くもなんともないからです。ましてや藤圭子にだけはタッチしてほしくなかった。せめて藤圭子だけは、筒美京平などとは…