藤圭子趣味

"本質的にハグレてる" ものを嗜好するゲテモノ喰ひだと己を規定する

恋のゴールは死

ある人に言わせると、
圭子の夢は夜ひらく」と
タイガーマスクのエンディングテーマ「みなし児のバラード」と
カルメン・マキの「時には母のない子のように」が
3大・誰もが気が滅入る暗い歌」だそうです。

藤圭子というと
なんで「暗い」っていう形容詞が無条件でついてくるのか、
私にはわかりません。

「暗い」なんていう具体性のない素朴な形容詞をのっけても、
複雑な要素を持った対象がそれ以上鮮明に見えてくるわけじゃない。
だから単純に面白くないってこともあるし、
そもそも私は藤圭子にそういう「負」の要素を感じることがないのです。

圭子さんは精神・肉体の両面で私にいろんな作用を及ぼしますが、
それはどちらかというと「陽」な攻撃であって、陰湿なものではありません。

仮に明るいか暗いかっていう区分けを、
生と死のどっちの方向に針が振れてるか」って言い換えるとすれば、
藤圭子は思いっ切り「生」の方向です。
ドブに蹴落としても泣き叫びながら這い上がってくるしぶとさを感じます。

考えてみれば、藤圭子の歌には「死のイメージ」というものがまったくありません。


この前、いつも見ている歌謡曲関連のブログで
トワ・エ・モワの「愛の泉」が紹介されていたので
うっかり「生き急ぐみたいな」曲調が好きだとコメントしたら、
ブログ主さんにはピンとこなかったようで、軽くいなされてしまいました。

 

■■音源消失■■

 

それだけのことなんですけど、それがきっかけになって、
自分は歌謡曲の中から「死」のイメージを嗅ぎ出して
それにウットリしてんじゃないかと思えてきました。

トワ・エ・モワもそうだし、
GSのおセンチ3大名曲
「ガール・フレンド」
「花の首飾り」
「エメラルドの伝説」にしたって、
死のイメージでべったりですよね。
わかりませんか。

死を匂わせる要素がまったくないのに
力ずくでトリコにされちゃったのが藤圭子で、
私にとって圭子さんは生命力の象徴です

メンドクサくなってきたので、また今度にします。