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藤圭子趣味

"本質的にハグレてる" ものを嗜好するゲテモノ喰ひだと己を規定する

そこだけですか

私にとっては心のよりどころであり命の恩人でもある藤圭子は、
家族にはまったく受け入れられません。

車で長旅をしているとたまに私の「番」が回ってきますが、
ゴア・グラインドのほうがまだ笑って済ましてもらえます。
藤圭子はだめです。
「なんで昼間っからこんな暗いウタ聴かなきゃなんないの」です。

べつに夜になったって聴きゃしません。

自分の家族でありながら、感覚の違いに愕然とします。
どうもこの人たちにとっては歌詞が第一の入口のようで、
「前向き」で「元気をもらえる」歌か、
感情をなんのヒネリもなく垂れ流した歌じゃないと、
その時点でシャットアウトするみたいです。
声の音色とか節回しとかはどうでもいいんです。

会いたくても会えないことを「会いたくても会えない」と言ってみたり
言葉が見つからないことを「言葉が見つからない」と言ってみたり
孤独なことを「孤独」と言ってみたり
届かない想いを「届かない想い」で済ましてみたり
感謝の気持ちを「ありがとう」で片付けるみたいな、
そういう歌にグッとくるんですな。

昔の職業作家はそんな稚拙なことはしませんでしたよ。