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藤圭子趣味

"本質的にハグレてる" ものを嗜好するゲテモノ喰ひだと己を規定する

右の圭子と左のあゆみ #1

藤圭子はある種つかみどころのない人でしたが、
歌にも不思議があります。

藤圭子の歌は、歌詞が頭に残りません。
数えきれないほど繰り返し聴いたはずなのに、
具体的にどんな内容の歌だったのか、さっぱり思い出せないのです。


洋楽だろうが歌謡曲だろうが、ポップスの範疇に含まれる歌であれば、
曲と歌詞が分かちがたく結びついているのが普通です。

問答無用の名曲「イエスタデイ・ワンス・モア」だって、
When I was young
I'd listen to the radio
Waitin' for my favorite songs っていう、
ちゃんとした意味とストーリーがある歌詞を
カレン・カーペンターがちょいと蓮っ葉な口調で歌わなければ、
魅力は半減します。

サイモンとガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」にしたって、
抽象的で難解であっても、曲と同時に歌詞が聞こえてくることで
特定の意味とイメージが頭の中に積み重なっていきます。
それがなければやっぱり面白さは半減します。


謡曲だっておんなじです。
いしだあゆみ市丸姐さんの小唄のような節回しで歌う
ブルー・ライト・ヨコハマ」を聴けば、
「街の灯りが とてもきれいね ヨコハマ
ブルー・ライト・ヨコハマ
あなたとふたり 幸せよ」で始まる歌詞が、
一節一節まちがいなく心に刻まれていきます。

ましてや本物の小唄ともなれば、三味線の節と歌詞は不可分一体です。


ところが藤圭子の場合は、すぐに歌詞が思い出せるのは
構造が極めてわかりやすい「京都から博多まで」くらいで、
あとは何の歌をうたっていたのか、考えても思い出せない曲がどっさりあります。

いったいどういうことでしょうか。
気になるので次回も悩まなければなりません。

 

Simon and Garfunkel - The Sound of Silence
(『水曜の朝、午前3時』のオリジナル・アンプラグド・バージョン)


The Sound of Silence (Original Version from 1964 ...

 

 

The Carpenters - Yesterday Once More

カレン・カーペンターの一番の魅力はこの蓮っ葉な味わいです。
教科書的にキレイな発音で歌ってるのかといえばさにあらず、
どっちかっつうと江戸弁まるだしな感じで、
それがいなせでカッコいいのです。
世間ではちょっと誤解があるようですが、
カレン・カーペンターはべつに模範的な発音なんかしていません。
むしろ普段の率直なキャラクターをそのまま残した発音を
美麗なメロディーに違和感なく乗っけたところに価値がありました。
美メロと美声という鉄壁な要素に気さくな普段着の発音がブレンドされてるサジ加減に、
人の心に訴えかける秘密があったわけです。
ほんとですよ。*1よく聞いてみてください。

それは、ピアノを弾く優等生なお兄ちゃん
ドラムを叩きまくるお転婆な妹っていう、
本来のカーペンターズのイメージそのままの感じです。

カーペンターズは最高の発音の教科書」とか言われてるみたいですが、これはほとんど都市伝説みたいなもんです。ていうか、教科書扱いしてるということは、実はカーペンターズの本当の魅力がわかってないことを告白してるのと同じです。 カレンの親しみやすくてあったかい人柄が、自然に崩した発音で丸出しになってるのに、そこんところは無視かい!と言いたいですわ。「きれいな発音」というよりは、飾らない率直さがストレートに表れてるほうが大きい。そのことは、"Yesterday Once More" だったら冒頭の10秒だけで、もっと言えば "When I was..." の部分だけでハッキリわかる。チャキチャキとして歯切れがいいことと、規範的であるのとはぜんぜん違います。この蓮っ葉な味わいがわからずに教科書的にカーペンターズを推奨する人は、発音の問題に限っては信用できませんので注意してください。「模範」じゃなくて「個性」なんです。だから人の心に届くんですってば。

アメリカ英語の発音そのものを総合的に観察するんであれば、むしろサイモンとガーファンクルのほうが適していると思います。リアリティーがあるのです。S&Gを聴くと、作られた歌の世界ではない、日常と直結した、肌身に迫るようなアメリカ英語に触れることができます。

 

で、カレンのドラムの件ですけど。


Karen Carpenter: Kickass Drummer (Drum Solos ...


Carpenters - Dancing In The Street (1968, good ...


Karen Carpenter Drum Solo - 1976 First Television ...

 

カレン・カーペンターはたまたま美声だったから歌を歌うことになっただけで、本職はドラマーだったと言ってあげるべきでしょう。しかもかなり上等な部類に入るドラマーです。完璧なスティックワークで、しかもエンタテイナーとして「見せる」パフォーマンスができたからです。バディ・リッチ直系と言ってもいいかもしれません。

その腕前がどれほどのものだったかは数ある動画を見れば一目瞭然ですけど、もしカレンが一人の女ドラマーのまんまでいられたら、あんな悲劇的な死に方はしなかったんじゃなかろうかと思ったりします。だってドラムで遊んでるときは本当に幸せそうだから。

上の1番めの動画の最初の部分とか2番めの動画なんか、まだ子供なのに、これだけ完成されたテクニックを持っているのが俄には信じられません。一人のドラマーの技術には普通デコボコがあって、その弱い部分が個性や味わいにもなったりするわけですが、カレン・カーペンターにはそういう「拙さ」がカケラも見られない

普通にそのまんま、ただの天才少女です。

カレンなら、イアン・ペイスの代わりにディープ・パープルに、ビル・ブラッフォードの代わりにイエスやキング・クリムゾンに、フィル・コリンズの代わりにジェネシスに入っても立派にやっていけたに違いありません。

 

 

 

 

おやこんなところにキミは

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*1:わたし発音マニアなのでこれについてはウソは言いません。幼少期にNYのロングアイランドで育ったので、現地の人間と同じ環境で発音を身につけるしかありませんでした。その後はオタクっぽく、英語のいろんなバリエーションや他の言語の発音を観察してきました。