藤圭子趣味

"本質的にハグレてる" ものを嗜好するゲテモノ喰ひだと己を規定する

ケイコが必要

藤圭子っていう歌手は、ステージの上じゃなくて、人民でも国民でも庶民でもなんでもいいけど、民(たみ)の心の立ち位置で歌うことができる稀な歌手だったってのはわかってるのね。

それは優劣の問題じゃなくって、質の違いっていうか生きてる次元っていうか見えてる世界の違いなんだけど、その違いがどのへんにあるのか、感覚ではなんとなく掴めていながら、それを表現するための言葉があたしには圧倒的に足りないってことがわかった。そういう言葉を獲得するには、ちょいとばかし稽古(ケイコ)というか、修行みたいなものも必要になるでしょう。

言語化しないと気がすまないタチだから、納得できる言葉を生きてる間にどうにかして探したいと思うんだけどね。なぜって、それは藤圭子が人間の歌の力、声の力ってもんを教えてくれたかけがえのない人だからです。



 

 

では私から経緯を説明させていただきます

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