藤圭子趣味

"本質的にハグレてる" ものを嗜好するゲテモノ喰ひだと己を規定する

さいはての女

2013年現在、自分にとっての藤圭子のベストアルバムは
スタジオ録音では『さいはての女』であり、
ライブなら『歌いつがれて25年 藤圭子 演歌を歌う』です。*1
「25年」のほうは、歌ってもんに対する認識が根本から変わっちゃう大傑作なのでちょっと別格ですがね。

この2組のレコード盤は今でもオークションで比較的容易に入手できるようですが、中身のオークションの世界では、もう値が付けられない状態になってます。

なんといってもこのころの圭子はほんとに質のいい声をしています。
楽器としての喉の性能が抜群なんだ。
質がいいっていうのは、キレイって意味じゃないんだよ。
それはある種、「藤圭子のよさがわかる自分って
もしかしてゲージュツ的な感度が高いんじゃないか」って
錯覚させるような肌理(きめ)を持った声って言えばいいのかね。

そしてこの声は、たとえば「大阪女のブルース」なんかでも、
腹から出してる声じゃないんだわ。
「胸から」出す声
胸郭が響くわけ。喉に引っ掛かりながら胸が響くの。
なかなかこういうキモチイイ声ってないよ。
一番キモチイイのは歌ってる本人だろうけどね。

「女は悲しい花でしょうか」なんかでも
イントロにトランペットが出てくるじゃない?
唇の震えによって作られるこのラッパの音と
圭子の胸から絞り出されてくる声の質感が、
双子のようにシンクロしてるじゃないですか。*2

そうなると、もう歌詞なんかどうでもよくなんのね。
サウンドを聴いてるだけで戦慄が走ります。

『さいはての女』は、ひとことで言うとアナーキーなアルバムです。
普通は、歌唱だって演奏だって、自分が正気を保ってキレイにまとめられる範囲の力で抑えておくものだけど、『さいはての女』ではそういうことは忘れちゃってます。どっちも自己ベストの状態まで引っ張り上げてやってるから、全体に限界いっぱいの "雑味" が感じられるのです。

この雑味とアナーキーさ、破調というようなものが、『さいはての女』の味わいであります。集められた一曲一曲がトンガってるかと思えば、それぞれの楽器の奏法もエキセントリックを通り越してヒステリックになってたりする。
『新宿の女』が伊万里焼なら、『さいはての女』は縄文土器ですな。またたとえば、『知らない町で』以降の何枚かのアルバムと『さいはての女』で肌触りが違っているのは、そのまま昭和46年と47年の "時代の違い" を示すものでもあります。この違いは意外に大きい。


いちおう『さいはての女』には、破調を締める形で、「みちのく小唄」という藤圭子の "理論上の最高傑作" が入ってます。なんで理論上かというと、

藤圭子本来の美声が最高の状態で録音されている
藤圭子の歌唱技術が思う存分ブチ込まれている
藤圭子の血を感じさせる「北」を指向した歌である

という理屈によります。

ですがしかし、『さいはての女』の本当のキモは
旭川の女」にあります。
藤圭子のキモも
旭川の女」にあります。*3

ああ、この田舎娘は
ついにここまで来てしまいました。
もうあとがありません

『さいはての女』が発売されたころは、聴衆がそろそろ藤圭子っていうエッジのきいた存在に疲れてきて、周囲の風圧が和らいできた時期に当たっている。圭子はもはや、肩を壊した甲子園の優勝投手みたいになっていた。だから作り手の側も、ひとつここらで仕切り直しをしてみんべかって感じで、ちょっと腰を据えて曲を作って、歌わせてみた。

そうしたら、狂騒の中で見えなくなっていた藤圭子の本性が改めて表に出てきた。

音楽作品としての完成度は『新宿の女』や『圭子のにっぽんひとりあるき』のほうが上回るとしても、藤圭子とは何だったのかということを考えるうえでは、『さいはての女』の重要性は無視できない。

藤圭子本人も、ああしようこうしようっていろいろ考えて、工夫して、冷静に自己観察なんかもしつつ、普通に歌手として生きていこうとしていた。ところがマイクの前に立つと、そういう雑念が全部ふっ飛んだ。邪念を払って無心に、まるで子供のように、もっと言えば「ちょっと足りない人」のように、ただそのまんまの姿で歌えた。それは「法悦」と言ってもいい状態だったに違いない。

アルバム『さいはての女』は、そういう藤圭子の特性がようやくレコードという形で捉えられた作品なのではないか。それはあるひとつの精神的な状態、意識が澄みわたった状態、スポーツ選手だったら今なら絶対自己ベストが出るぞっていう状態、作家だったらそれまで考えもつかなかった言葉の組み合わせがズラズラ出てくるような状態と言えるかもしれない。

しかしそんな状態にまで行ってしまうと、そこから先がわからない。どんな方向に進んで行けばいいのか途方に暮れた状態でキャリアが終わってしまったのが藤圭子だったと、あたくしは総括してますがね。



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1971年3月発売

【A面】
1.さいはての女
2.女は恋に生きてゆく
3.女は悲しい花でしょうか
4.大阪女のブルース
5.長崎の女
6.涙ひとしずく

【B面】
1.恋仁義
2.盛り場流し歌
3.女の園
4.旭川の女
5.みちのく小唄
6.東京花ものがたり

■■音源消失■■

 

 

いま聴いてみると、アルバム『さいはての女』は北島三郎の「兄弟仁義」とサウンド的にかなり共通項があります。いいですか、これを「演歌」なんていう後付けの、無意味なジャンル分けのもとで聴いたらだめですよ。演歌なんて言葉は忘れてください。ただの「流行歌」「歌謡曲」として、音そのものに身を晒してください。歌に込められた天才の技だけを聴くのです。


「兄弟仁義」 - YouTube

*1:2015年現在はどうかというと、ベストもクソもないね。藤圭子で聴くに値するのは、『新宿の女』、『歌いつがれて25年』、『さいはての女』、『圭子の人生劇場』、『圭子のわらべ唄』、『知らない町で』、『遠くへ行きたい』、『圭子のにっぽんひとりあるき』、以上。『圭子のわらべ唄』は意外に重要です。番外編として『歌謡劇場』も挙げときましょうか。

*2:実際「女は悲しい花でしょうか」では、藤圭子が "器楽的唱法" の実力を見せつけてます。ヘレン・メリルが裸足で逃げ出すレベルです。わからないのは、圭子のこういう歌い方のルーツがどこにあったのかということ。いったいどこで覚えたんだろう。

*3:もう「旭川の女」を分析するだけの気力が残っていません。とりあえず、三波春夫の初期の歌や北島三郎の「兄弟仁義」なんかと並んで、"1 秒間に 1 曲分のディテールが押しこまれてる天才の技" とだけ言っときます。時間感覚が常人とは違うのです。もっと聴かれなきゃだめですこの歌は。「旭川の女」に繰り返し耳をさらせば、藤圭子のなんたるかがきっとわかるはずです。昭和50年以降の出来の悪い曲を聴いて耳を腐らせるより何倍もマシです。