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藤圭子趣味

"本質的にハグレてる" ものを嗜好するゲテモノ喰ひだと己を規定する

笑っちゃう

ブログに藤圭子のことを書くようになったのは1年半ぐらい前からだけど、
当初からあたくしは藤圭子を「おもしろネタ」のように扱ってまいりました。

そういうマジメじゃない態度っていうのは、
いま考えると、藤圭子の本質が仕向けた結果なんじゃないかとも思えんのね。

 

だって藤圭子って面白いでしょ。

あたしは圭子の顔を見るとね、まずはね、笑っちゃうの。

たとえばこんな映像なんかでも、

 

■■「新宿24時間キャンペーン」動画消失■■



圭子の顔つきを見てると笑っちゃうわけ。
微笑ましいとか可愛らしいとかいうんじゃなくて、
なんとも言えないおかしみがあるから笑うの。*1

ギターを抱えて何か歌ってるみたいだけど、
どう見てもあたしにはギター漫談をやってるようにしか見えない。
「かしまし娘」とか「内海桂子・好江」とか、
そっちのジャンルの人に見える。

なんだろうねこれは。
たとえば "次長課長" の河本準一が、
ただ出てきて一言なんか喋っただけでオカシイみたいな、そんな感じ?

藤圭子のことを
「ロックに出会いそこねたロック少女」って言った人がいる。
それも当たってると思うけど、
寄席芸人になりそこねたちびっ子歌手
のほうがもっと近い気もする。

「笑う」っていうのは、
何か「陽」の方向に引っ張られる強い力に対する
こっち側の反応じゃないかね。

一言でいえば、"charm" があるの藤圭子には。
魅力とか魅惑とか魔力とか引力とか愛嬌とか、訳語はいろいろあるだろうけど、
これはもうチャームとしか言いようがない。

それは芸を売る人間なら誰でも持っていなければならないものだけど、
努力で身につくもんでもない。生まれ持った資質なのね。

一方で、藤圭子に関する言説をいろいろ読むと
ベクトルが仲良く下向きなのは昔からのお約束で、
藤圭子の暗い歌声が人と時代の負の感情に感応して "現象" が起きた、
みたいな構造になっている。

でもそういう見方は「間違い」なんだってことが、今ならわかる。
感覚的なもんだけど。

藤圭子ほど、暗さが感じられないというか
頭の上に負のもやもやが漂ってない芸人もなかなかいないと思うんだけどね。
なんかイイ感じでスカーッと抜けてんの

人を強引に引きずっていくけど、
その方向はあくまでも「陰」ではなく「陽」のほうでしょ。

だって、藤圭子の歌を聴いて暗い気持ちになったことなんかないもん。
自分の負の感情に圭子の歌がシンクロすることなんか一度もなかった。

あたしはね、圭子からは生命力しかもらったことがないんだよ。

でなきゃ、そうそういつまでもつき合っていられるもんじゃない。


*1:特に本人が気づいてない場合には、たっぷりいじって笑ってあげるのが愛情ってもん。