藤圭子趣味

"本質的にハグレてる" ものを嗜好するゲテモノ喰ひだと己を規定する

芸が死ぬ

藤圭子と冷静につきあうっていうのは、たとえば『別れの旅』のCD化のあとにいきなり『面影平野』に飛んじゃう、今回の扱いみたいなことを言う。そうだよね、それもこれも、みんな「藤圭子」だもん。

でもあたしにはとてもそんな真似はできない。『圭子の人生劇場』はどこいっちゃったのさ? 『歌いつがれて25年』は? "藤圭子" ってそれで終わりなんだ。なーんだ。

わたしはやっぱり、藤圭子について知ってもらいたい、藤圭子の歌を聴いてもらいたい、そしてできれば藤圭子を好きになってもらいたい、みたいな一途な気持ちでブログをやってたんだと思う。

出会ったばかりの一人の歌手に、なんでそんな想いを抱いたのかは謎だけど。とにかく、そういう使命感みたいなちっちゃな支えがどっかにあったからこそ、冷静に圭子とつきあえた気がするんだ。はじめて知る圭子の歌を次から次へと聴いていって、だんだん "藤圭子" っていう全体像が見えてくるのが楽しくてしょうがなかったんだろう。

今はなんか、そういうのがぜんぶ剥ぎ取られちゃって、どうしたらいいかわかんない。圭子に対する寛大さっていうか、"全部まとめてどーんと来いや" みたいな感じがどんどんなくなってる。その代わり、圭子の本当に好きな部分に対する触覚が果てしなく敏感になってて、その感覚が苦しくてしょうがない。圭子はあたしにとって世界一ダメで世界一凄いおんな

あたしの手で葬りたかったよ。42年前のきょう。
42年前っていうと1972年だけど、
ちょうどそのころ、つまり『知らない町で』と『別れの旅』の間に
圭子の芸は一度死んでるの。

あくまでもあたしの感覚の話だけどね。
根拠なんかなんにもないんだ。
でもその間に、圭子の歌声が根本的に変化したみたいに感じるわけ。
違う人になったみたいに。
なんか歌の芯みたいなものがすとんって抜け落ちたっていうか。*1


あたしの中では、そんなふうにして
圭子は何度も死んでる。
だから、去年の8月からたくさんの人が悲しんだり
惜しんだり、冥福を祈ったりするのには
違和感しか感じない。

40年前からとっくに死んでるじゃない圭子は、って思って。
芸人にとって重大なのは、肉体の死よりも
芸が死ぬことじゃないのって。

だから1972年のその時点で、あたしがこの手で葬りたかったって思うわけ。

*1:1974年の喉の手術の前後で声がどーたらこーたらっていう話はよくされてるけど、それよりも前に圭子の歌が根本的に変わっちゃってたっていう指摘はないね。圭子が手術に踏み切ったのも、かつての藤圭子はもういないってことを、無意識にせよ本人が悟ってたからじゃないの。