藤圭子趣味

"本質的にハグレてる" ものを嗜好するゲテモノ喰ひだと己を規定する

改行がないのってHatenaっぽくね?

別の人間になって書くっていう縛りから解放されてあらためて気づいたことは、アタシの頭の中では、自分が元から好きだったもの、つまり亜土ちゃんのイラストや世界観とか、カラフルでラブリーでガーリーなグッズとか、フランス・ギャルaikoの歌とか、タカラヅカとか、「それいゆ」とか、そういう女のコ趣味なものの頂点に「藤圭子」がいるっていう事実なのね。そして藤圭子が横滑りすると、もう一人の理想の女の子、「おろち」になるんだ。そういう図式で藤圭子を扱っている例っていうのは、他にないんじゃないかって思う。

でも藤圭子って、思いっきり女の子が女の子として憧れる女の子だとは思わない? あたしの中ではそう。藤圭子」っていう名前からして完璧だもん。そして憧れの対象なんだけど、けっして遠くにいるわけじゃなくて、なぜかすぐに手をつなげるところにいる。すぐに触れられるからときどきイラッともする。その距離感と親近感の世界には、「怨歌」とか「圭子節」とか「時代のナントカ」とか、「暗さ」とか「負の感情」とか、そんな乱暴な言葉が入り込む隙間なんか1ミリもないんだよ。圭子はオヤジの慰みもんじゃないんだ。はっきり言って、オトコに藤圭子なんかもったいないから聞かせたくない。でも女のコの道は "C'est pas facile d'etre une fille" (「女の子になるのも楽じゃない」- France Gall)であって、そこには生半可な気持ちでは貫けない厳しさや苦味もあるんだ。藤圭子が歩んだ道の険しさには、そういう側面もあったわけ。

みたいな、理屈っぽいタワゴトってHatenaっぽくね? 「ポクネ(pour que n'est?)」ってフレンチっぽくね? ― Hatenaは、あたしみたいなバカは立入禁止だよね。ごめんネ。