藤圭子趣味

"本質的にハグレてる" ものを嗜好するゲテモノ喰ひだと己を規定する

なんかズレてんだよね

ずいぶん簡単に「演歌」なんていう言葉を口にしてるけど、
藤圭子について語るにしても、そういう "直観の鈍い人" は
少なくともこの本ぐらいは読んでから
好きなだけ "演歌" に浸ればいいんじゃないの。*1
藤圭子についても一章がさかれてます)
 

創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)

創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)

 


演歌は「日本の心」というより、素晴らしき「雑種」なんだぜ、っていう話。 -輪島裕介『創られた「日本の心」神話』- - もちつけblog(仮) はてな版

 


演歌なんて音楽的にはただのポップロックじゃんか。
だから後年 "藤圭子がロックを歌った" なんていうのも半分は無意味。
だってたとえば『さいはての女』の「盛り場流し唄」や『女のブルース』の「女の流れ唄」なんかだってバリバリのロック(ロッカバラード)でしょ。

ほんとうは「ロック」っていう言葉の位置付けにも、「演歌」と同列の大きなウソとまやかしがあるんだけどね。日本で「ロック歌手」とか「ロックバンド」とか呼ばれてる人たちが実際に歌ってるのは歌謡曲でしかないとか。そしてそもそも、洋の東西を問わず、「ロック」っていう言葉に実体がないとか。まあそれはいいや。

演歌とロックの関係って、「カントリー」とロックの関係に似てんのかな。カントリーも音楽的にはただのポップロックだけど、そこに "フレーバー" の違いをのっけてるんだっていう。

 

*1:でも、この本を読んで初めて「演歌ってそういうもんだったのか!」って気づいたような人は、残念ながら "見込みナシ" ですので、レコード鑑賞からは足を洗って、カラオケでひたすら「自分が歌う」ことに専念されたほうがよいかと思います。