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藤圭子趣味

"本質的にハグレてる" ものを嗜好するゲテモノ喰ひだと己を規定する

気になることがいろいろ

手持ちの音源を最初から全部聴き直して、あらためてぐずぐずと考え始めているところです。自分としての結論というか方向性みたいなものは見えているのですが、そこに至るプロセスが直観先行なので曖昧です。皮膚感覚でしかモノを考えられないので、いろいろとむずかしいです。愚鈍な人間は愚鈍ななりに、ゆっくり考えていけたらと思います。*1

とりあえず次のテーマは「トリオ漫才と恋のドライブ」とかにしてみようかな。「安倍律子と藤圭子」なんてのもいいかも。いつになるかわかりませんけど。

 


この人がもしかしたら「藤圭子」になってたかもしれないっていう、
歴史の " if " に気づきました。安倍律子も、レコードより生歌のほうが上手い本物の歌手だと思います。実力の割にあまり楽曲に恵まれなかったところも誰かに似ています。北海道出身ってところも。
お腰のフワッフワが素敵だわ。こんな格好が似合う人もなかなかいません)

この映像の2番の部分なんて、歌い方といい、表情といい、なんて彫りの深い表現力のある人なんだろうって思います。藤圭子との共通点といえば、そうだな、歌詞をフレーズとして歌えてるってことかな。歌詞の意味を語ろうとするよりも、言葉をフレーズとして、音楽的な音の連なりとして歌いこなしてるのね。


藤圭子について何かを語っても、「歌が上手い」とか「美人」とか「可愛い」とか「凄みがある」とか、そういう月並みな言葉を使っているかぎり、それは何も言ってないに等しいのだと、安倍律子を見ると思うのです。だってその程度の形容詞はぜんぶ律子さんにも該当してしまうからです。


 


こちらのかたは謎がいっぱいです
本来ステージで歌うことが許されるような声ではありません
しかし日本人はときどき
こういうとんでもない表現を許容することがあるのです
それは日本人の芸術性が優れているというよりは
ただ従順な国民性が発揮されただけなんだと思いますが


藤圭子 京都から博多まで(1972年紅白) - YouTube



しかし1972年ともなりますと
藤圭子も改訂版を経てすでに三訂版というところでしょうか*2

いいの
もうそこから動かないで
わたしは初版にこだわります
わた~しはー きょう~とへー かえ.... 失敬


 

 

わたしは心に毒がたまりやすいタチなので
そういうときはこの曲を聴いて浄化を試みます。効き目はかなり高いです。


The Moody Blues -- Story in Your Eyes (with ...

 

 

 

 

*1:「分析」なんてメンドクサイことを言い出したら、わたしは何も考えられない。直観でバーンと仮説を立てて、理屈なんかあとからくっつけていけばいいのよ

*2:実際にはもう、この年に紅白に出場できたのが不思議なくらいなんだ。すでに藤圭子は居場所を失っていました。1972年がどういう年だったか、そのうちまとめてみたいと思ってます。