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藤圭子趣味

下手物には上手物とは違う味わい方があるという

いいぞ

藤圭子関係ねーし

◯◯◯さんが書く▽▽▽っていうブログがあって、◯◯◯さんは独り語りの名人なんだけど、日記系のブログのクオリティーを決めるのは何について書くかじゃなくってどういうふうに書くかってことだから、そのどういうふうにが高いレベルで維持されてると無敵なわけで、その点◯◯◯さんは呼吸とテンポと連想のもってきかたと "くすぐり" の入れ方が至芸の域に達してて、わたしはいつもただあーうまいなーって感心してるだけです。

そんでその▽▽▽に行くとなんらかの基準で選ばれたブログのリンクがサイドバーにいっぱい並んでて、ぽちぽちと見ていくとなぜかその多くが◯◯◯さんのブログとはずいぶんレベルの隔たりがあって、その隔たりがあんまり大きいもんだから、本当は◯◯◯さんがヒエラルキーの頂点に立つための仕掛けなのかなとも思うんだけど、べつに人がどんなブログをどんなふうに書こうがいいわけだし、一本も映画を撮ったことがなくても一行も小説を書いたことがなくても評論は成立してるじゃん、だからあたしみたいなアクセス数一桁の貧しいブログしか書けない人間が欲張りなこと言ったっていいじゃん、退屈だから面白いものが読みたいだけだよっていうだけのことです。読む立場でしか見てません。

でも世の中には自己肯定力が盤石な人が多いんだなとは思う。いやそれは大変結構なことなんで、自分の記事のベスト5を列挙してみたり、楽しけりゃそれでいいんですけど、何を思ったか自分のライティングをネタにして文章講座を、しかも金をとってやろうとしてる御仁がいて、べつに需要があるんだったら何も問題はないんだけど、その人のブログを見ると際立って凡庸な文章しか並んでなくて、いいぞ日本の若者ってあたしは思いました。