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藤圭子趣味

"本質的にハグレてる" ものを嗜好するゲテモノ喰ひだと己を規定する

渋谷公会堂の藤圭子

 渋谷公会堂のライブ盤(『歌いつがれて25年 藤圭子演歌を歌う』)は突出して優れていて、出来があまりにもいいもんだから、これが本来の藤圭子の姿なのか、あるいはこの日この場所だけで異常な事象が発生したのか、もはやわからなくなっています。

 

 その「違い」がどこにあるのかは、最終的には次のような点に絞られますね。

 

 ・藤圭子の異常なリズム感のよさ

 ・バックのオーケストラの「不必要な」クオリティの高さ

 

 このころの藤圭子は、レコードとして発売した持ち歌をステージで繰り返し歌ってみせる流行歌手というよりは、あの声を楽器として使って一回限りのパフォーマンスをやってのける、「演奏家」としての気質のほうが強かった。その点でオーケストラと気脈が通ずるというか、舞台の上でおんなじ言語を使って喋っていたわけです。シブコーのライブが気持よく感じられるのは、根っこにそういう親和性があるからですね。歌い手とオーケストラとのこの一体感は、ちょっと尋常ではありません。すでに歌手とバックバンドという関係ではなく、藤圭子が完全にオーケストラのソリストという立ち位置で歌っている。

 演奏家には演奏家の呼吸というものがあります。歌手としての自信がある歌い手ほど、自分一人の、歌手としての呼吸、間合いというものがあって、それを前面に出して、ともすれば伴奏と無駄に拮抗したりする。シブコーのけーこは、その呼吸が伴奏といささかもズレることなく、最初から最後まで高い集中力で「吹ききって」いる。この当時、藤圭子というのはそういうことができた歌手だった。それくらい音楽性の高い逸材でした。

 演奏家の呼吸とは思い切り単純化すれば「リズム感」と言ってもいいのですが、歌手としての藤圭子の差別化要因は、音色の他に、リズムに対する過敏とも言える鋭い感覚にありました。それは「ビートに乗る」というような幼稚なレベルではありません。むしろ「夢は夜ひらく」とか「有楽町で逢いましょう」のようなゆったりとしたテンポの曲で発揮される類の感覚です。前にもちょっと書いたことがありますが、歌の音節をメロディーのどの位置に貼り付けていけばいいか、その瞬間的な判断がミリ単位で正確である結果、音楽になめらかな肌触りと自然な推進力が生まれている。けーこは「外さない」のです。いや「外さなかった」と言うべきか。この感覚は無意識なものであったらしく、意識的にフェイクを加えるようになった後年は、かなり無様な壊し方で持ち歌を台無しにするようになった。

 『歌いつがれて25年』では、判断の精度に狂いがありません。もちろん「銀座カンカン娘」のような軽快な歌になれば、曲の脈動を完全に掌中にして、手玉に取って、自在の境地に達しています。ゆるぎない一本の線を基準にして、ついたり離れたり、やりたい放題です。時間感覚が常人とは違っていて、モノサシの目盛りが細かいので、遊びがきくのです。しかし軽快とは言っても、「カンカン娘」はシャッフル・ビートなので、歌手にとって実はくみしやすい相手ではありません。ビートにつられて歌まで飛んだり跳ねたりすれば、曲の情緒がたちまち失われます。ともすれば上下に跳ねようとする節回しを低い位置でコントロールして、リズムよりもメロディーを前面に出すようにしなければ、歌が死ぬのです。この19歳の小娘は、その制御をいとも簡単にやってのける。あくまでも曲の脈動と呼吸を合わせながら、あらん限りの歌唱技術を繰り出してみせる。試しにその数を数えてみたら、煩悩の数だけありました。ウソですが。

 いっぽう、スタジオ録音のレコードという形で藤圭子の鋭敏なリズム感が鮮明に記録されたのが、時代が下って昭和50年のシングル「さすらい」であったというのも面白い現象です。生来の感覚の鋭さはずっと残っていたのかもしれません。他にロクな曲に巡り会わなくて、しかも自分でもどうしたらいいのかわからなかったんだろうとわたしは解釈してます。

 


さすらい 藤 圭子 - YouTube

 リズム感の重心が低くて筋肉が太くないと、こういうふうに絶妙な粘度を持ってメロディーと戯れることはできません。この歌を引っかかりなく自然に聞かせるためにどれだけの技倆が必要か、考え始めると気が遠くなります。 

 

 

 さてシブコーのライブの「違い」としてもうひとつ挙げられるのは、企画のたまものということになりますが

 

 ・つまんないオリジナル曲より何十倍も曲の出来がいいこと

 

 やっぱり時代を作ってきた歌、誰が歌っていたかは忘れられても曲自体が人の記憶に残るような歌っていうのは、骨格がしっかりしてるんです。曲の骨格がしっかりしていれば、それこそ "演奏家" にとっては腕のふるい甲斐があるというものです。藤圭子は、演奏家として脂が乗り切っているときに、戦後を流行歌でたどるという最高の舞台を与えられた*1。人の記憶と心の琴線に直接タッチしながら、技倆の限りを尽してみせることができた。それは、アルバム『女のブルース』で早くも流行歌手としての限界が見えてしまった圭子にとっては、起死回生の一発になるはずだったのです。

 でも、当時この "作品" の価値をそこまで理解した人間がいなかった。人気の絶頂だったがために、簡単に右から左に聞き流されてしまった。そして二度と再評価されることもなく、現在に至るわけです。

 

 

 ああもったいない。CD化される見込みはないも同然ですから、中古市場に残っているわずかなレコード盤を血まみれになって奪い合いなさい

 

 

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歌いつがれて25年 藤圭子 演歌をうたう - YouTube


歌いつがれて25年 藤圭子 演歌をうたう2 - YouTube


歌いつがれて25年 藤圭子 演歌をうたう3 - YouTube

 

lookwho.hatenablog.com

 

*1:しかしデビューしてわずか1年の新人歌手に、こんな壮大な企画が与えられるのは破格の扱いだろう。しかもこんなに質の高いオーケストラまで付けて。